手元資金はいくらあればいいのか

「会社経営の手元資金はいくらあればいいのだろう」と悩んでいる経営者は多いのではないでしょうか。
手元資金とは、経費や税金、借入金等を返済したあとに、手元に残っているお金のことです。預金残高、と言い換えてもいいでしょう。手元資金は、想定外の支出に備えて置いている資金と言えます。
中小企業や小規模企業は、大企業と比べると財務基盤が弱く、資金不足(資金ショート)に陥ることはそのまま「倒産の危機」を意味します。昨今はコロナ禍で、貴社をとりまく経営環境が悪化し、あっという間に経営が傾くことを実感された企業も多いのではないかと思います。
かと言って資金が潤沢にあると、事業拡大のために使いたくなってしまうのが経営者というもの。
それでは、会社には、どれくらいの手元資金を置いておくべきなのでしょうか?
目次
手元資金はいくらあればいいのか
業種にもよりますが、製造業や卸売業の場合、
最低でも「売上高3か月分」を用意することをおすすめしています。
※厳密には、(固定費 + 借入金やローンの返済額)の3か月分ですが、簡単に考えるために「売上高」と読み替えています。
「3か月分なんて多すぎる!」と感じる方がいらっしゃるかもしれません。
ですが、よく考えてみてください。
資金不足が予想されたとき、融資の手続きに走るのは社長ですよね。また、小規模企業の場合は、社長自身が売上を生み出していることも多いでしょう。
売上の減少により経営が傾いているのに、社長が資金繰りに奔走して本業から離れたために、さらに売上が減る……という悪循環に陥りかねません。
経営を安定させるために、ある程度の手元資金は必要なのです。
それでは、どうして3か月分なのでしょうか?
売上がゼロでも支出はある
それは、社長が安心して資金繰り対応をするためです。
仮に、もし売上がゼロになっても、
- 人件費や地代家賃などの「固定費」
- リース代、借入金などの「返済」
は毎月支払わなくてはなりません。
これらの支出を滞らせると、たとえ資金繰りがなんとかなったとしても、その後の事業継続に支障をきたしてしまいます。
いざというとき、社長が余裕を持って資金繰り対応をするために、固定費や返済などの支出を賄える資金を用意しておく必要があります。
融資実行やリスケには時間がかかる
中小企業にとっての資金繰り対策と言えば、まず、金融機関からの融資が思い浮かびます。
しかし、ご承知のことと思いますが、金融機関から融資を受けるには時間がかかります。
早くて2週間程度、遅いと2〜3か月ほどを見積もっておく必要があるでしょう。
また、経営状態が悪い(赤字補てんが目的)だと、どの金融機関からも融資を断られてしまうかもしれません。その場合は既存借入れのリスケジュール(リスケ)に踏み切る必要がありますが、元金返済をストップするまでの手続きも最低1か月〜数か月かかることを覚悟しておかねばなりません。なぜ最長で数か月もかかるかというと、「今リスケに入るのは勘弁してほしい」と金融機関がリスケを受け入れてくれないことがあるためです。
(なお、コロナ融資のときは、審査基準がゆるく、融資実行が比較的早かったかもしれません。しかしあれは「経営安定化のため迅速な資金繰り支援を行う」という目的で行われた中小企業支援です。例外中の例外と考えておいたほうがいいです。)
手元資金は、最低でも月商の3か月分
まとめると、
- 売上がゼロになっても固定的な支出を支払う必要がある
- 融資やリスケに手間取っても、その期間中を耐えられるようにする
ということになります。
つまり、融資やリスケの手続き期間を見込んで、おおむね月商3か月分の手元資金を用意しておきたい、という結論になります。
切羽詰まったときは、誰でも慌てます。普段は絶対にしない不利な取引条件で契約してしまったり、経営戦略上、リスクの高い”賭け”に出てしまい、経営にとどめを刺してしまうことがあります。そういう会社を何社も見てきました。
今後の経営を見据え、落ち着いて判断をするためにも、余裕を持って最低3か月の期間は見ておきたいです。
月商3か月分は多すぎる?
ところで、実際に売上高3か月分の預金残高が貯まってくると、十中八九、金融機関の担当者から「預金が多いですね」と言われます。
「金融機関の方がそう言うなら……(もう少し減らしたほうがいいのかな?)」
と思うかもしれません。
しかし真に受けてはいけません。
金融機関は、お金を貸して金利を得るのが仕事です。
手元資金が潤沢にあると、お金を貸し付ける余地が少なくなります。それをオブラートに包むと「預金が多いですね」となるわけです。もしくは、定期預金等を組んでほしいから、そのように言っていることもあります。
もし「預金が多いですね」と言われたら、堂々と「経営を安定させるために必要な資金です」と言って大丈夫です。財務体制を強靭にしているのだから、何も恥じることはありません。経験上、このことで金融機関との関係性が悪化したことはありません。
むしろ、経営が安定している会社には融資がしやすくなります。事業拡大のための追加運転資金や設備資金が必要になったとき、スムーズに融資してもらう下準備と考えましょう。
手元資金を増やすときの注意点
ところで、手元資金を増やす方法は、5つあります。
- 利益を上げる
- 売掛金や買掛金のサイトを(自社に有利になるよう)変更する
- 余剰在庫を減らす
- 返済額を減らす
- 借入れをする
それぞれの方法には、注意点があります。
1.利益を上げる
これはいわずもがなですね。利益を蓄積し「現預金として」置いておきます。
もし設備投資等に使いたくなったとしても、経営を安定させるための資金です。ぐっとこらえてください。
2~3.売掛金・買掛金・在庫
これは、言い換えると「運転資金を減らす」ということです。
ここで注意すべきことは、事業に支障をきたしては元も子もない、ということです。無理がたたって利益が減ってしまえば、逆に手元資金が減るおそれもあるからです。
- 取引条件を無理やり変更して、会社の信用を落とす
- 在庫を減らしすぎて、売上機会を逃す
などの失敗をしないように注意してください。
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4.返済額を減らす
金融機関に相談すると、複数の借入れをまとめて返済負担を減らせる「借換え」を提案してもらえることがあります。
そのような提案を受けやすくするために、普段から「試算表」と「借入一覧表」を作成し、定期的に金融機関の担当者に相談しておくとよいでしょう。
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5.借入れをする
当たり前ですが、借入れをすれば手元資金は増えます。
運転資金を借りた際の「真水」(追加融資部分)を手元に残しておきましょう。
とはいえ、手元資金を増やすために融資をたくさん受ければいい訳ではありません。必要なときに融資を受けられるように、手元資金と借入残高のバランスを考えておく必要があります。
中小企業は、「信用保証協会の保証付き融資」を受けていることが多いですが、その保証枠には上限があります。原則として有担保2億円と無担保8,000万円の合計2億8,000万円が限度となっています。とはいえ担保として差し入れる不動産がない企業もあるでしょう。また、有担保枠はいざというときのために取っておきたいところです。ですから普段は、無担保8,000万円の保証枠を使い切らないように注意する必要があります。
また、企業の信用度合いにより、金融機関ごとに借入限度額がもっと下に設定されていることもあります。借入限度額は、借入総額で月商6か月分まで、と考えておくのがいいでしょう。(現実には、もっと借りておられる中小企業もありますが、追加融資は期待できない、と考えておくほうが無難です)
支払利息は「経営を安定させるための保険料」
借入れがあり、手元資金が潤沢にあると、繰上げ返済したくなってしまう経営者がいるかもしれません。しかし、月商3か月分の手元資金を削るくらいなら、金利を払ってでも預金を確保しておくべきだ、と私は考えます。
今は低金利時代です。
借入金が多くても、金利負担は比較的少なくてすみます。
支払利息は「経営を安定させるための保険料」と考えてみると、気持ちよく支払えるのではないでしょうか。
では、支払利息の目安は、どれくらいでしょうか?
東京商工リサーチ(令和2年3月)の調査によると、
従業員50人までの製造業では、インタレスト・カバレッジ・レシオの中央値が 3.919倍でした。(出典:https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000386.pdf)
これは、営業利益が 支払利息の3.919倍だった という意味です。
つまり、小規模製造業の場合、
営業利益の約25%までの支払利息は、通常の範囲内である、と考えて良さそうです。
仮に営業利益が100万円だった場合、支払利息が25万円までは許容範囲ということになります。
まとめ
今回は、経営を安定させるためには、
最低でも月商3か月分の手元資金が必要、というお話でした。
手元資金を確保するためには、
- 利益の蓄積
- 運転資金の削減
- 返済負担の低減
- ある程度の借入れ実施
という方策を取ることができます。
なお、運転資金の削減は、事業に支障が出ないように注意が必要ですし、借入については、信用保証枠や借入限度額、支払利息に注意する必要があります。
安定した経営基盤を作るため、手元資金をしっかりコントロールしていきたいですね。
この記事を書いた人

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中小企業診断士
経理・財務スキル検定 レベルA
日商簿記2級/基本情報技術者/FP2級
得意な業種:製造業・卸売業 得意なテーマ:経営全般・財務・IT
IT企業でのシステム運用を経て、小規模製造業の取締役を11年間経験。3代目後継者である夫のビジネスパートナーとして尽力し、経営企画からバックオフィスまで幅広い経験を積む。小さな会社でもできるIT活用や財務管理など、実践的なアドバイスが得意です。貴社の「明日の一手」=「あすのて」を導きます。
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